いつか、つながる。

Connecting dots, random insightsとその記録。時にロンドン関連情報など。主に日本語のリハビリのため。支離滅裂にならないよう努力します!

見ること。漠然と、または集中して @テートモダン

 

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Eine Kleine Nachtmusik 1943 Dorothea Tanning

https://www.tate.org.uk/art/artworks/tanning-eine-kleine-nachtmusik-t07346

 

テート・モダンのドロテア・タニング展に行って来た*1終わる前にもう一度見たいと思って結局2回見に行った。

 

ドロテア・タニングって画家として一般的に知られてるんだろうか。テートモダンの中にある絵の中では私が特に好きな絵を描いた女性。

このブログ↓にすごくコンパクトに説明されている。しかも展示にあった絵もたくさん含まれてるので興味ある方はどうぞ。

blog.livedoor.jp

 

個人的にアートムーブメントの中でシュルレアリスムが一番好きだな*2と思ってたのでドロテア・タニングもシュルレアリズム画集で見て知っていたけどこんなに長生きで(101歳!)色んな作風のあった人だったとは知らなかった。

 

シュルレアリスムの権威マックスエルンストと結婚してたとはいえ彼が亡くなってからもどんどん作風を変えて(変わって?)活動を続けた*3 ドロテアタニングはカッコイイと思う。

 

今回の回顧展で見て惹かれた絵は数多くあったけど

意外と「色!」「形なし!」「何だろう、これ!」の抽象的な絵に惹かれた。

 

 

特に大きな絵、目の前に立って見上げて首を傾げながら眺めることができる絵、視覚が麻痺するほど圧倒される絵。イメージが何層にも重なっていてだまし絵のように色んなものが浮かび上がってくる絵。見る角度を変えると色も変わるし見る方の気分で意味も変わるんだろうと思う。

On Avalonは3年かけて描かれた。描いてる間に何度も変容して描いてる画家自身が何が出てくるかわからなかったそう。アーティストが媒介だなと思ういい例。あるいはコラボレーターと言った方がいいかな。

 

絵を見ることのピュアな悦びもさながら見ている間もギャラリーを出てからもなんとも気持ちよかった。頭の中がスッキリしたような、ヘッドスペースが広がったような。何でかなとちょっと考えてみた。

 

一つのものに意を注ぐことの心地よさとでも言うのかな、超シングル・タスキング(マルチ・タスキングの反対)。思考力を停止して感じることに力を注ぐこと。不可解にひたる気持ちよさ。美しいものに身を委ねて呑み込まれること。以前はわからない絵を見るとひたすら理解しようと思って評論家の解説を読んだりしていたけれど結局アートに向き合うのは1対1だから周りからの影響はできるだけ除外した方が気持ちいい。

 

あとは大きなものを見ること、これに尽きる!森に行って木を見たり自然とふれあうことにも近い。今の私たち毎日小さいスクリーンばかり見てるからね。

  

絵画でも、音楽でも何でもいいけどとにかく、小さなエゴにとらわれない、集中力と、注意力を一つのものに一定の時間注ぐ行為の大切さ。

坐禅もそれに通じるけど小さな自分(Mini Me ですね)から抜け出てもっと大きな自分と繋がる行為をすること。

 

大事だなと思う。

 

*1:ちょっと時間が経ってしまった、この展示はもう終了しています

*2:でも最近ちょっと思い直してる。今の空気かな、それとも自分が歳取ったからかな。こないだも別の展示でハンスベルメールのウニカツゥルンのボンレスハムさながらの緊縛写真

https://brooklynrail.org/2012/05/artseen/bound-hans-bellmer-and-unica-zrn

を見てちょっと不快になった。男性アーティストが女性を崇めてMuseに仕立て上げてインスピレーションにした作品は数多い。女性蔑視とまではいかなくても男性優位の傾向がかなりあったんじゃないかと思う。ピカソのドラマール然り、マンレイのリーミラー、マンディアルグのボナとか。別にそれがどうしたということは無くて今まではあまりそういう観点で考えなかったのも不思議だなと独りごちてみた

*3:ここで思い出す、YOKO ONO、ローリーアンダーソン!